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夫婦の営む露天商から野党の根城はさほど遠い場所ではなかった。
風の精霊を纏えば空を飛べるし土や木の精霊に聞けば探し人は容易く見つけられる。
精霊たちのざわめき具合から雪虎のカプラが攫われたことは明白だった。
イソイデ。ハヤク、と急かされる辺り、魔法の素質はなくても精霊に愛されやすい人物のようだ。
確かにあのおおらかさと視点の鋭さは居心地がいい。
分を弁えているし出過ぎない。処世術とも言える身の置き方が絶妙で、つい存在を探してしまうのは俺だけではないらしい。
露天商の話や精霊の挙動を見て確信した。
おそらくあれは天性のものではなく優れた観察眼から導き出した答えの1つなのだろう。
だからこそどんな相手のブレにも違和感なく対応ができて、結果居心地がいいと言われるようになる。
生き物は違和感を嫌い、恐れるものなのでそこを最小までに抑えることができるというのは一種の才能だと考えられた。

「居タヨ。シロイ子。スグソコ」

精霊の声に耳を傾ければたしかに数人の気配を感じる。
その中にカプラの気配も感じて安堵した。
だが、目に入ってきた姿は衣服を破かれ、数人の男の手が滑らかな肌を蹂躙しているちょうどその最中。
自分が何かをするより先に周りにいた風の精霊が大きくうねり、彼らへ向かっていく。
使役者のない精霊は微小な力しか出せず、そよ風程度の威力だが彼らがこちらへ気づくには十分だった。

「なんだお前ェ」

「警備隊の奴か!?」

「口を開くな愚民」

軽く力を込めて指を鳴らせば周囲の精霊の力を使って手前側にいた男2人を一瞬で地に伏せる。
何がおきたのかと困惑し、その場から逃げ出そうとする男を次撃で落とし、殴りかかってきた男をひらりとかわせば指先1つで動きを封じた。
欠伸すら出そうなほど味気ない者たち。
ただ、唯一理性的だった者が革袋を地面に叩きつけ中の粉を周囲に散らしていた。
おそらく野党のまとめ役なのだろう、咄嗟に精霊の嫌がる粉を撒いて魔法の発動を鈍らせるとは機転が利く。
その男はカプラの喉元にナイフを突き立てていた。

「見ねえ顔だな。兄ちゃんにもいい思いさせてやっからよ、ここはひとつ見逃してくんねえ?」

「下等生物と同じにするなよ」

いい思い、と言いながらナイフを突き立てている辺り同業ではないことは気づいているのだろう。
こちらの目的を理解した上で無駄のない動きをしている。

「いやさ〜俺たちも生活とかがかかってるわけよ。な?いいじゃねえかよ〜」

そう言いながら男がヴァルの背後へ視線を回したと気がついたその瞬間、背中あたりに大きな爆発が起きた。

「ーーッ」

「ヒャハ!!油断禁物〜〜!!」

男は高らかに笑いながら衣服のはだけた彼女の縄を強く引いた。

「俺だって魔法使えんだよな〜!さ、行こうかカワイイ子ちゃん?」

引かれた縄に顔をしかめたカプラだったが真っ直ぐに男を見てから控えめに視線を泳がせて言葉を紡ぐ。
そこに恐れや諦めのの挙動はもうなかった。

「多分だけど 私を離した方がいいと思う、よ」

「ああ?助けが来て逃げたくなっちゃったか?」

「逆。あなた、死にたくなさそうだから」

「ハァ?何言ってーー」

「くたばれよ、雑魚が」

その直後、突如伸びてきた木の枝や土の塊が男を拘束する。

「ーーッんだよ、これ!?」

そう言っている間も土の塊が男の体を包んで、顔まで覆い隠すのにさほど時間はかからなかった。
支えを失ったカプラがその場に膝をついて先ほどの爆発があった方に目をやれば多少衣服が破れているものの体には何のダメージも見受けられないヴァル。
カプラはヘラッと笑って軽く手を挙げた。

「助けてくれてありがと。あなたが来てくれるなんて思ってなかったからびっくりしちゃった」

「他にあてがあったのか?」

「なかったよ。厄介ごとってみんな関わりたくないから」

誰しも自分が1番可愛いからね、と続けた『彼女』は、そう彼女は震えそうな体を無理やり抑えて全く美しくない笑顔を纏っている。
気丈に振る舞っているのは誰が見ても明らかだった。
ただ静かに見つめているとカプラはヴァルから顔が見えないように俯いた。

「ごめん、ちょっと弱音吐いちゃいそうだから、お礼は後日しに行くから、あの、ほんと、助けてくれてありがとう」

「吐けばいいだろ弱音」

「助けてもらった挙句に、愚痴みたいなのを言うのは、申し訳ない、じゃん」

「こういった場面で縋らない女は初めて見た。どういう理由なのか興味がある。話せ」

不遜にも見える態度で腕を組んでみせると、目の前のカプラは「……面倒臭くなったら気にせず帰ってもらって大丈夫だから」と前置きをしてポツリ、ポツリと何時もでは考えられないような気弱な声で話し始めた。

「ただ惰性で生きてるだけなら意味はないと思って
だったら意義のある死に場所を探そうって故郷を飛び出したの。
自分で死ぬ勇気はなかったし殺してくれるならラッキーかなって思ったんだけど……」

ちらりとこちらを確認してくるので続きを話せと顎を上げれば小さく泣き笑いをこぼして話を続けた。

「尊厳みたいなものを否定されるのは辛くて。女だからとか希少だからとかそういう理由で虐げられるのは嫌だなあって。
それにいざ力づくでってなると、覚悟はしてたんだけどやっぱり怖い、ね」

言いながら指先が、肩が震えているのがわかる。
そこで彼女の四肢が布を纏っていないことと手足が拘束されていたことを思い出す。
風の魔法で縄を切ってやれば小さく感謝を告げられた。

「でも本当に、私は助けてもらえるような存在じゃないって思ってたから、ヴァルが来てくれて、本当に嬉しくて。
私は私を守ってあげれるだけの力がないから、あなたがいてくれてよかった。本当に良かった」
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