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episode.ヴァル4(カプラの視点)

深い眠りの時に無理やり覚醒させたようなはっきりしない感覚。
上げようとする瞼は何故か震えて目を開けることを拒むかのように力が入らない。
全身が冷えて体が強張っている感覚。多分、痺れが残っているのだと考えられる。
風の吹き方と音の広がり方から木の生い茂る森であることは理解ができた。
音を出さないようにゆっくりと息を吐き出して状況を整理する。

散歩していたら長くて綺麗な黒髪がなびいていたので丘まで駆け上って声をかけた。
たぶん彼は、自分に害がなければ拒絶しない人だろうという読みが当たってくれたようで風も太陽も心地よくて久しぶりにちゃんとした睡眠を取れたのだった。
あまり長居はしまいとそのまま帰路について……そうだ、家の近くで急な眠気というか倦怠感に襲われてそこからの記憶がない。
肉体操作系の魔法か薬の類か。意外と効果が残るのか。初めて身に受けたけどもう一度は遠慮したい程度には体が根を上げている。
どちらにせよ、これは悪意のある者の仕業でありここから五体満足で帰ることは不可能ということだけはわかった。

(私の旅はこういう終わり方なんだね。なるほどなぁ、まあそうだよね)

ただでさえ目立つし希少な雪虎の一族だから奴隷商なんかが欲しがるのはわかるし、気配隠しのお守りも まあいいかという気持ちで渡してしまったのでそれは格好の餌食になるはずだ。
異国の言葉で『カモがネギを背負っている』というものに当てはまるのかもしれない。
ご夫婦の人柄がよくて毎日の食事にしていた脂身の少ない鶏も確か異国でカモという名前の鳥だと聞いたことがある。
良心的な金額だったのもあって通いやすかったのだがあの店にも、もう行けないのか。
できれば手足を切り売りする方じゃなくて雑に好き勝手扱われる方が痛くなさそうでいいなあとは思う。
それか一思いに息を止めてくれたなら、自分で死ななくて済むので理想の最期かもしれない。

(まあ、悪くはない人生だったよ)

今度は音が出るように大きめに深呼吸をすれば少し遠くから声がした。

「お目覚めかい?まさか高値で取引されてる虎の獣人の中でもさらに珍しい白色がこんな簡単に手に入るなんてな」

「しかも魔法にも弱いときた」

「お前、本当に虎なのか?弱すぎんだろ」

ギャハハと下卑た数人の笑い声がする。
目は開くようになったが、水晶体を動かす細かい筋肉までは回復できていないらしく視界がぼやけていて上手くは見れない。
手首と足首は縄で縛られていて拘束されているし体の痺れがなかったとしても破れるほどの力は有していないことは自覚している。

「心づもりだけ用意しておきたいんだけど、私はこれからどこに売られるの?」

「ギャハハ。物分かりがいいのは嫌いじゃないぜ」

「顔は整ってるみたいだからな、金持ちの愛玩道具にでもなるんじゃねえ?」

「俺は半獣なんてごめんだけどなあ〜!しかも男か女かもわかりゃあしねえ」

間違いねえ、と笑う男たちはそこで気がついたように顔を見合わせた。

「たしかに、男か女か確認しておく必要があるよなあ?」

「一生に一回くらいは希少な虎の獣人をヤるって経験してみるのもアリかもな?」

そう言いながら近づいてきた数人は乱暴に腕の縄を引っ張った。
手頃な木に縄をかければ腕は自然に上へと上がり抵抗はできない姿勢になる。
こういうのは抵抗しただけ悪化することは知っているので、ただ静かに目を閉じた。

「できれば、優しくしてね」

落としたようなその言葉は強引に割かれた衣服の音と愉悦の混じる下衆な笑い声にかき消されていく。
いくつもの手が体中を這う感覚に、せめて感情的にならないように。
震えそうになる指をなんとかやり過ごすようにと奥歯を強く噛んで心を止める為に1番長く息を吐き出した。

(大丈夫、私が選択したことだから。だいじょうぶ、だよ)

日が落ちてきて冷えた風が頬を撫でた。
温度は冷たいのに、どこか暖かみのある風だった。
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