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気配封じの首飾りが順調に機能しているのか追っ手の襲撃がなくなって数日経った。
特に目的もない浮浪の旅のせいで襲われることがなくなるとそれはそれで退屈にもなるというもの。
町から少し離れた丘で思案していると伸ばしたままの長い髪を初夏の風が遊んだ。
自身の近くで風が多く起きるのも空気の精霊や流動の精霊が懐いて戯れているからだ。
精霊一つ一つは微小な存在なので庇護の力の強い者の周りに自然と集まる。
生物が群れを作っているのとどこか似ている。
魔力の大きい者が更に近くにいると精霊同士が増幅しあって魔法の威力や精度などが上がるという。
特に拘りのない髪が気に入りなのか風達は愉快そうに緩髪を揺らす。
珍しいのは目を閉じるほど大きな風が吹いたことだった。
いつもならそこまでの無礼はしないはずだが、と目を開ければ見覚えのある白い耳を認識した。

「風が気持ちよかったから散歩してたんだけど、ヴァルみたいな人が見えて 来ちゃった。
一緒に日向ぼっこしていい?」

「好きにしろ」

知り合って気まぐれで教えた名前をもじった愛称を呼ぶ雪虎の獣人は気配封じの首飾りを強引に渡してきたその人物だった。
見上げて小首を傾げるその表情は大抵の生物なら応と答えてしまうあざとさだろう。
暇でもあったし退屈しのぎにはなるかと許可をすれば衣服が汚れることなどおかまいなしなのかそのまま足元に寝転がった。
さすがはネコ科の生き物というべきだろうか。いや、獣人種族はどちらかというと人間に習性は近いことが多いので単にこの人物が自由人気質なのだろう。

「なんかヴァルの近くって安心するんだよね〜。なんだろう、穏やかな感じ?」

ふふ、と笑っている声がする。
穏やかなんて生まれてこのかた数百年は言われたことのない言葉で一瞬、こいつは何を言っているのだろうかと耳を疑った。
語気も粗ければ指先一つで生命を終わらせることができる力を持っている俺を穏やかと。
むず痒いような感覚を身に覚えて足元を見たらそこで目が合った。
声の調子から目を細めて笑っていたのだと思ったらただ静かに俺を見ていたのだ。
目が合ってはじめて、カプラの瞳は晴れた日の雲の影のような色をしていることを知る。
そこで初めて細められた目は無理をして笑っているような気にもさせた。

「ただの推測だけど、ヴァルは妖精族のひと?」

「……だったらなんだ」

「あ、やっぱり?ツノの感じと精霊に愛されてるっぽいところがそうかなって。
自分の考察との整合性を取りたかっただけだからそれ以上の感想はないんだけどね」

知らないことを知るって楽しいよね、とコロコロ笑う姿に返す言葉に悩んだ。
聞くに、カプラは知らないことを知りたいから色々な知識をつけて気になったものは聞いてみる性分であるとのこと。
ただ本人に魔法の素質は殆どないらしく精霊の存在の検知もできないので知識の組み合わせで答えを導いているらしい。
精霊族は基本的に薄色の生まれが多いがそこまでの知識があるかは不明ではある。
そんなことすら、この虎は気にしないのかもしれないが。

「お前は何になりたいんだ」

「将来の夢みたいなもの?そうだな〜……。
考えたことなかったから今考えるね、ちょっと時間ちょうだい」

単純な興味だった。
他者の生き道になんて興味はなかったはずだがカプラは今まで出会ったどのタイプとも違っていたからどんな答えが出るのか気になる。

「やりたい事はあるんだけど……うーん、なんて説明したら伝わるかな」

「言ってみろ」

「笑顔を失ってしまった人たちが笑える世界を作りたい。
少なくとも私の手の届く範囲は笑顔の絶えない場所であって欲しい」

「それを望まない者もいるだろう」

「そう、だからこれは単なるエゴ。だけど私はそんな世界を見ていたいの」

驚くほど、静かに。
笑ってごまかすでも押し付けるでもなく。
ただ心からの願いだと、必ず叶えるという覚悟のようなものが見えた。

「お前、変わり者だと言われるだろう」

「正解。ただでさえ数の少ない雪虎の獣人なのに和を乱して群れを逸れるなんてどういう事だってよく言われた。
まあ、価値観が合わないならしょうがないし アレだよ、異国の言葉で『音楽性の違いにより解散』ってやつ。
そんなに世間体が大事とは思えないから私は自由になれてよかったけど、帰る場所はなくなっちゃった」

「群れをはぐれたのか」

「そう。だからたまに寂しくなっちゃうんだよね」

希少な一族は集団行動で身を守る。外敵に晒されても数の利で危険を回避する為に。
だから気配封じのアクセサリーを持っていたのかと合点がいく。

「これはそういうことか」

「その首飾り優秀でしょ?多分結構いいやつだから」

「お前の身を守る術はあるのか?」

「最近襲われることもなかったしこの街 意外と平和っぽいから多分大丈夫。
困ってる人が使ってくれた方がその子も喜ぶと思うし」

それに、と続けようとしたようだが伏せた目とともに閉じられて言葉が続く事はなかった。

「日も暮れてきたし、そろそろ帰るよ。
きっといらないと思うけど、寝床くらいなら貸せるよ。いる?」

「必要ない」

「そうだよね。だと思った。構ってくれてありがとね!」

軽やかに立ち上がるとじゃあね、と短く言葉を残しそのまま街の方へと消えていった。
居心地がいいからと集まる精霊の感覚が少しだけわかった気がした。
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