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色薄の一族の中に生まれてしまった漆黒の髪と角の所為で幼い頃から、いや生まれた時から忌まれていた。
愛されることなんてなかったし、そんなものが必要な者こそ貧弱でくだらないんだと思うようになっていた。
最初から望むものなんて存在しないし、思い描く夢というものを持ち合わせる程ぬるい場所でも生きていない。
精霊という種族に自死の概念はなく、役目を全うしたらまた自然に帰るだけなので例えば人間の「死にたい」という行動は理解に乏しいものだった。
嘆くならば、現状を変えるか受け入れるかをすればいいだろうに。
怠惰の結果を他者に押し付けるなど愚の骨頂でしかない。
くだらないものを、言葉通りにくだらないと評すことに何の恐怖があるというのか。

故郷で腫れ物扱いをされていたので「そんなに不要なら出て行ってやろう」となにも持たずに異国へと出た。
もともと持ち物なんてなかったのだが。
精霊族は種族自体がエネルギー体であるおかげで食事や睡眠を殆ど必要としない。
上位の精霊族にでもなれば他の精霊の加護を受けられるので移動も自力で行える。
だから宣言をしたその日にいなくなったのだが、どうやら俺が城にいないと都合の悪い存在がいるらしい。
毎日のように襲撃をしてくる追手をねじ伏せて、少しはためらいが出てきたのか2ヶ月近く経ってやっと襲撃者が減ってきた。
俺を止めることができる存在なんてあの国にいないのは知っている。
色素異変で生まれた存在は魔力含有が多いから扱える魔法の威力は高いし加護も普通の種族と比べて比較にならない。
俺があの場所にいた所で大して必要とするわけでもないのに、そんな事を思いながら足元に転がる襲撃者だった者を無感動に見つめた。
そこで背後にいつもとは違う気配を感じる。追手にしては殺気を全く感じない。
殺気というより、生物特有の生きている気配すら希少な気配だった。
存在を認識したことに気がついたのか、えーっと、と前置きをしてその存在は声をかけてきた。

「ごめん、見ないふりしてた方が良かった?
邪魔しようとか思わなかったけど大変そうだなって思って」

肩越しに振り返ればそこにいたのは真っ白な毛並みの獣人。耳や尾の感じから虎の一族だろうことが窺える。
害意は感じなかったので気まぐれに返事を返した。

「別に邪魔とは思ってねえよ。
邪魔になるなら容赦なく殺すだけだからな」

他の種族、特に命の期限のある種族は死ぬ事に大きな恐怖を覚える。
馴れ合うつもりもなかったから容赦なく思った事を口にすれば大抵の者はその場から立ち去る。
ただ、たまに例外もいるという事を知った。今知った。

「あ、その考え方好き。
いいね、ちゃんと自分ベースで考えてる人だ」

「……」

「2日くらい前も追われてた人でしょ?
余計なお節介かもだけど気配が強いから見つかりやすいのかと思って気配を薄めるアクセサリーがあるんだけど、いる?」

強目の言葉に怯むこともなく腰袋から出てきたのは透明結晶を革紐に通した首飾りだった。
確かに首飾りを手に出した辺りから先ほどよりも気配を感じやすくなったので効果は本物らしい。
そんなものがあるのかという発見を得た。
しかも装飾はなくシンプルな作りで邪魔にもならなそうなので丁度いいかもしれない。
ただ、この手の話は商人のやり口でもあるので先に言葉を封じるために口を開いた。

「いくらだ?
俺はこの国の通貨を持っていないから支払いはできないぜ?」

残念だったなと踵を返そうとしたら小さく笑う気配を感じる。

「……なにがおかしい?」

癪に触ったのでこいつも殺すかと指先に力を込めたらその人物はヒ肩をすくめて深い笑みで小首を傾げた。

「別にいらないよ?
誰かの為になる事をしてたらその内自分も報われると思ってやってるだけ」

「変わってるな。どういう意味だ」

「言葉通り。そういう考え方の宗教とかもあるから信じる形はそれぞれってだけ」

別にいらなかったら無理にとは言わないから好きにしてよ、と首飾りを軽く投げた虎人からは相変わらず悪意や害意は感じられない。
そのままきれいな弧を描いて手元に届いた細紐の首飾りを反射で受け取ってしまったら満足げな笑みを浮かべられた。

「受け取ってくれてありがと。
最初から思ってたけどあんた、いい奴だね」

じゃあ要件はそれだけだから、と背を向けた白い尾につい声をかけてしまった。

「待て」

「これ以上は持ってないよー?」

「名前を教えろ」

一瞬目を瞠った気配を感じた後、何故かとても嬉しそうにそいつはゆっくりと振り向いた。
見方によっては泣きそうなようにも見える。

「カプラ。雪虎のカプラ。……えーっと名前は」

「フェア・ツヴァイだ」

被せ気味に説明が面倒なので色薄が主である妖精族である事は敢えて伏せての名乗りだったが問題はないようだ。
カプラはふわふわの虎耳を揺らしながら右手を差し出してきた。

「ツヴァイ……じゃあこの地方の音に直すとヴァルだね。よろしく」

「ヴァル……」

「この辺りだと『人の集まる場所、賑やかないいところ』って意味になる」

俺の周りに生き物が集まるなんてそんな事はないと思いながらも語感が悪くなかったので了承の意味を込めて差し出されたその右手を取った。
まさかこの後、自分の周りが本当に賑やかな場所になっていこうとはその時の俺は思いもしなかったが、それはまた別の機会に話すことになりそだ。
久しぶりに触れた生き物は存外柔らかくて、温かいものだった事だけはずっと忘れる事はないだろう。
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