6

町を出てから、二人は長く歩いた。

丘を越え、草の背の低い道に入る。
風があり、空が高い。

青年は何度も口を開きかけ、閉じた。
男は、それに気づいていたが、急かさなかった。

日が傾き、休めそうな岩陰を見つけた頃、
青年はようやく立ち止まった。

「……少し、話してもいいですか」
「おう」

男は腰を下ろす。
青年は立ったまま、空を見る。

「さっきの人」
「ん」
「あなたを、許さなかったでしょう」
「ああ」

青年は、ゆっくり息を吸った。

「それでも、前に進んでいました」
「……そうだな」

しばらく、風の音だけがある。

「僕は」
青年は言葉を選ぶように、続ける。
「許される前に、いなくなりたいんです」

男は、何も言わなかった。

「責められるのが怖いわけじゃありません」
青年の声は淡々としている。
「むしろ、責められることには慣れています」

岩の影が、少しずつ伸びる。

「耐えられないのは」
青年は、喉を鳴らした。
「……自分が、誰かの人生に“影だけを残す存在”になることです」

男は、拳を握ったが、口は開かない。

「生きている限り」
青年は続ける。
「誰かの記憶に、僕は残ります」
「迷惑でも、重荷でも」
「あるいは、ただの後悔として」

彼は、ようやく男を見る。

「消えてしまえば」
「何も残らない」
「誰も、僕を整理しなくていい」

男の胸が、重く鳴った。

「……それが」
青年は、震えない声で言った。
「僕が、死にたい理由です」

沈黙が落ちる。

鳥の鳴き声が、遠くで途切れた。

男は、しばらくしてから言った。

「それで」
「はい」
「今も、そう思ってるか」

青年は少し考えた。

「……完全には」
「でも」
「さっきの別れを見て」
「“残ること”が、必ずしも間違いじゃないと」
「初めて、思ってしまいました」

その「しまいました」という言い方が、
青年自身を少し困らせているようだった。

「だから、怖いんです」
「何がだ」
「生き続けてしまいそうで」

男は、深く息を吐いた。

「なあ」
「はい」
「俺は、あいつの人生に影を残した」
「それは、消えねえ」

青年は頷く。

「でもな」
男は続ける。
「それだけじゃなかった」
「全部じゃなかった」

青年の瞳が、わずかに揺れる。

「影があるってことは」
「光があったってことだ」
「影だけの人生なんて、ねえよ」

青年は、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりとこぼす。

「……それでも」
「おう」
「僕が、影だったとしても」
「あなたは、手を離しませんか」

男は、立ち上がり、青年の前に立つ。

「影だろうが、なんだろうが」
「一緒に歩いてる間は、同じ道だ」

約束ではない。
慰めでもない。

ただの事実としての言葉だった。

青年は、ゆっくりと息を吐いた。

「……もう少しだけ」
「おう」
「生きてみても、いいかもしれません」

その言葉は、決意ではない。
希望とも言い切れない。

けれど確かに――
消える理由だけで構成されていた青年の世界に、
“残ってしまう可能性”が入り込んだ瞬間だった。