町を出てから、二人は長く歩いた。
丘を越え、草の背の低い道に入る。
風があり、空が高い。
青年は何度も口を開きかけ、閉じた。
男は、それに気づいていたが、急かさなかった。
日が傾き、休めそうな岩陰を見つけた頃、
青年はようやく立ち止まった。
「……少し、話してもいいですか」
「おう」
男は腰を下ろす。
青年は立ったまま、空を見る。
「さっきの人」
「ん」
「あなたを、許さなかったでしょう」
「ああ」
青年は、ゆっくり息を吸った。
「それでも、前に進んでいました」
「……そうだな」
しばらく、風の音だけがある。
「僕は」
青年は言葉を選ぶように、続ける。
「許される前に、いなくなりたいんです」
男は、何も言わなかった。
「責められるのが怖いわけじゃありません」
青年の声は淡々としている。
「むしろ、責められることには慣れています」
岩の影が、少しずつ伸びる。
「耐えられないのは」
青年は、喉を鳴らした。
「……自分が、誰かの人生に“影だけを残す存在”になることです」
男は、拳を握ったが、口は開かない。
「生きている限り」
青年は続ける。
「誰かの記憶に、僕は残ります」
「迷惑でも、重荷でも」
「あるいは、ただの後悔として」
彼は、ようやく男を見る。
「消えてしまえば」
「何も残らない」
「誰も、僕を整理しなくていい」
男の胸が、重く鳴った。
「……それが」
青年は、震えない声で言った。
「僕が、死にたい理由です」
沈黙が落ちる。
鳥の鳴き声が、遠くで途切れた。
男は、しばらくしてから言った。
「それで」
「はい」
「今も、そう思ってるか」
青年は少し考えた。
「……完全には」
「でも」
「さっきの別れを見て」
「“残ること”が、必ずしも間違いじゃないと」
「初めて、思ってしまいました」
その「しまいました」という言い方が、
青年自身を少し困らせているようだった。
「だから、怖いんです」
「何がだ」
「生き続けてしまいそうで」
男は、深く息を吐いた。
「なあ」
「はい」
「俺は、あいつの人生に影を残した」
「それは、消えねえ」
青年は頷く。
「でもな」
男は続ける。
「それだけじゃなかった」
「全部じゃなかった」
青年の瞳が、わずかに揺れる。
「影があるってことは」
「光があったってことだ」
「影だけの人生なんて、ねえよ」
青年は、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりとこぼす。
「……それでも」
「おう」
「僕が、影だったとしても」
「あなたは、手を離しませんか」
男は、立ち上がり、青年の前に立つ。
「影だろうが、なんだろうが」
「一緒に歩いてる間は、同じ道だ」
約束ではない。
慰めでもない。
ただの事実としての言葉だった。
青年は、ゆっくりと息を吐いた。
「……もう少しだけ」
「おう」
「生きてみても、いいかもしれません」
その言葉は、決意ではない。
希望とも言い切れない。
けれど確かに――
消える理由だけで構成されていた青年の世界に、
“残ってしまう可能性”が入り込んだ瞬間だった。
丘を越え、草の背の低い道に入る。
風があり、空が高い。
青年は何度も口を開きかけ、閉じた。
男は、それに気づいていたが、急かさなかった。
日が傾き、休めそうな岩陰を見つけた頃、
青年はようやく立ち止まった。
「……少し、話してもいいですか」
「おう」
男は腰を下ろす。
青年は立ったまま、空を見る。
「さっきの人」
「ん」
「あなたを、許さなかったでしょう」
「ああ」
青年は、ゆっくり息を吸った。
「それでも、前に進んでいました」
「……そうだな」
しばらく、風の音だけがある。
「僕は」
青年は言葉を選ぶように、続ける。
「許される前に、いなくなりたいんです」
男は、何も言わなかった。
「責められるのが怖いわけじゃありません」
青年の声は淡々としている。
「むしろ、責められることには慣れています」
岩の影が、少しずつ伸びる。
「耐えられないのは」
青年は、喉を鳴らした。
「……自分が、誰かの人生に“影だけを残す存在”になることです」
男は、拳を握ったが、口は開かない。
「生きている限り」
青年は続ける。
「誰かの記憶に、僕は残ります」
「迷惑でも、重荷でも」
「あるいは、ただの後悔として」
彼は、ようやく男を見る。
「消えてしまえば」
「何も残らない」
「誰も、僕を整理しなくていい」
男の胸が、重く鳴った。
「……それが」
青年は、震えない声で言った。
「僕が、死にたい理由です」
沈黙が落ちる。
鳥の鳴き声が、遠くで途切れた。
男は、しばらくしてから言った。
「それで」
「はい」
「今も、そう思ってるか」
青年は少し考えた。
「……完全には」
「でも」
「さっきの別れを見て」
「“残ること”が、必ずしも間違いじゃないと」
「初めて、思ってしまいました」
その「しまいました」という言い方が、
青年自身を少し困らせているようだった。
「だから、怖いんです」
「何がだ」
「生き続けてしまいそうで」
男は、深く息を吐いた。
「なあ」
「はい」
「俺は、あいつの人生に影を残した」
「それは、消えねえ」
青年は頷く。
「でもな」
男は続ける。
「それだけじゃなかった」
「全部じゃなかった」
青年の瞳が、わずかに揺れる。
「影があるってことは」
「光があったってことだ」
「影だけの人生なんて、ねえよ」
青年は、しばらく黙っていた。
やがて、ぽつりとこぼす。
「……それでも」
「おう」
「僕が、影だったとしても」
「あなたは、手を離しませんか」
男は、立ち上がり、青年の前に立つ。
「影だろうが、なんだろうが」
「一緒に歩いてる間は、同じ道だ」
約束ではない。
慰めでもない。
ただの事実としての言葉だった。
青年は、ゆっくりと息を吐いた。
「……もう少しだけ」
「おう」
「生きてみても、いいかもしれません」
その言葉は、決意ではない。
希望とも言い切れない。
けれど確かに――
消える理由だけで構成されていた青年の世界に、
“残ってしまう可能性”が入り込んだ瞬間だった。