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ルミエール島が南の離れ島といえど、小舟を半日ほど進めれば大陸にたどり着く近さにある。
独自の統治体制と閉鎖された生活をしていて観光地でもなければ生活に困るほどの支援を必要としているわけではないので、連絡船は滅多に運行しない訳だが。

普通であれば国間の出入りに手形や許可などが必要とされているが、通称帝国と呼ばれる黄都(セント・イエロ)は自由商業を斡旋していて入出国の手続きを必要としていない。
つまり手漕ぎの小舟でも難なく上陸することが出来る。
数ある国の中で黄都がエアリア最大の大国に発展した一番の要因だろうと言われている。
商業が盛んということはそれだけ人が集まり、働き口も比例して増えていくということだ。
治安維持のために膨大な傭兵部隊も抱えていると聞く。
黄都に住めば生活に不自由をしない。移住者を離さない仕組みがよく出来ていると各紙面は絶賛した。
これが建国して半世紀も経っていないという歴史は未だに信じられない。

木々の緑が広がる浅瀬に舟をつけ、クロエは先に降りていたシエロの荷物と自分の荷物を持ちながら追うように降り立った。

「シエロ、ここからどこに行くつもりだ」

ここまで来たからにはこの姫巫女の気が済むまで付き合ってやろうという一種の諦めで聞いた。

「えっとねー」

彼女は楽しそうに笑うとクロエが持っている布袋をあさりはじめる。
あくまで自分で荷物を持つという考えはないらしく肩にかけたまま中身を探る。
ごそごそと探した後、目当ての物を見つけたらしい彼女は袋の入り口に何度か引っかかったのを気にせず強引に取り出した。
布袋の口紐を緩めれば良かったのではないだろうかと思ったがここで言ってもおそらく不毛なだけなので口をつぐむ。

それを知ってか知らずかシエロは手にしている絵本を誇らしげに掲げた。
表題には『光の青年と天馬の約束』と書かれている。
世界を救うために青年と共に戦った仲間たちの話だったろうかと記憶をたどりながら天馬…翼の生えた馬を思い起こす。
シエロは後ろの方のページを開いて見せてきた。

「その活躍を忘れぬよう、人々は帝国の広場に天馬を湛えた噴水を作り上げた。安らかなる眠りを……。
天馬の噴水があるんだって!これを見てみたい!」

見てどうするんだ、と聞こうとしたがおそらくこの顔は単純に見たいから見に行くというシンプルでわかりやすい行動だと思われる。そこに論理的な否定は意味をなさない。

「歩いて行くと10日くらい掛かるんじゃないか」

「そんなにかかるの!? うそでしょ!」

自分達の現在地と世界図を照らし合わせてざっとした計算をしてみたところ、彼女には到底信じることのできない数字になったらしい。
ルミエール島は半日足らずで全土踏破出来る程の小さい島だが、仮にも大陸と呼ばれる黄都なだけあって移動距離も規模も比較にならないほど広い。
基本の移動手段は馬や馬車の乗り合いだが、さすがにこれだけ辺鄙な森の中に都合よく通り掛かるはずもない。手持ちの資金を考えても帰りの旅費分はなるべく多く残すべきだと思うし、無駄な出費は避けたいところ。
つまり人力のみで移動をすることを考えると妥当な日数かと提案した訳だが狭い世界しか知らない姫巫女には計算の範疇外だったようだ。
もちろんそれだけ歩くという選択肢はないだろうし、かといってここまで来て帰るという発想にも至らないことが予想される。
考えうる彼女の行動を予測しているなか、シエロはクロエを真っ直ぐに見据えた。
その瞳はこれ妙案とばかりに輝いていたが。その内容は。

「なんとか行ける方法考えて!クロエお願い!」

……の一言だった。
ため息。それも自分史上一番長いのではないかというくらいの息を盛大にこぼし彼女の行動に項垂れた。
幼少の頃からそうなのだ。自分がやりたいからと見切り発車をするのはいいが終着点が見つからないとなるとクロエの知恵を借りようとする。
というか、シエロの考えが及ばないところになるとクロエに丸投げするようになる、と言ったほうが正しいかもしれない。

「あのな、シエロ……」

いきあたりばったりで行動するのは後々面倒が増えるぞと教え諭す為に口を開く。
しかしそれは突如聞こえた悲鳴にかき消された。

「うわぁぁああああ!」

シエロと同時に顔を見合わせる。
方向は森の奥。小さく頷いてみせた彼女を合図にどちらからという訳でもなく、二人は駆け出した。

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