神宿り島と呼ばれる前、まだ古語でルーミエユリと呼ばれていた頃
盲目の神官と神族と呼ばれる存在が出会った時のお話。
元々弱かった視力は、10の年を越えた辺りから完全に機能を果たさなくなった。なんとなくそうなることはわかっていたから読める限りのお伽噺を読み耽ったが、見えなくなった事実に変わりはない。
大人達はいつも邪魔者扱い...というか、何故こんな半端者が生まれたのだろうと視界に入れてもいなかった。ただでさえ小さな島で自給自足を必要としているのに女であることに対する落胆と弱視である追い討ち。
自分でもなんて仕打ちだろうと かみさま という存在を恨んでみたりもした。しかし嘆いたところでなにも変わらないことはわかっていたから開き直って無感情に笑うようになる。
目が見えないとバレてしまったら本当に使い物にならない。追い出され兼ねない。そうしたらもう僅かばかりの生にしがみつくことすらままならないので島の人達に気付かれないよう、常に気を張っていた。
でもやはり欺き続けることは出来なくて。
「神殿の守り石を改修工事したらしいぜ、見ろよきれいだな」
思わず「ええ」と頷いてしまってから周りの大人達はそれ見たことかと鼻高々に言い放つ。
「日照が続いて神殿なんかに掛けてる余裕はないんだよ」
無駄飯食い、いらないと口々に罵られ世界が歪んで回っているような感覚に足が縺れる。
地面に尻餅をついたのは誰かが突き飛ばしたのだと後から理解した。
殺すのは掟に反するから生かしているだけだ、有り難く思え。
そう言い捨てられた中、誰かが思い付いたように声をあげる。
「日照もこいつのせいなんじゃ...」
そこからは波紋のように「そうだ」「そうに違いない」「災いだ」と声が連鎖していった。
ワヤワヤと論議する彼らを遠くから見ているような不思議な距離に自分がいるのを自覚した。
お伽噺のように誰かが助けてなんてくれない。
きっと島流しか、いない設定にされて飢えに苦しむかのどちらかだと思う。ぼんやりと考えながら彼らの収束を待った。
そうして着いた結論は生け贄として神殿裏に奉納する、とのことらしい。
人が踏み込まぬ場所まで連れていき放置する。
足場も悪い、獣もいる。そんな中の盲目で帰れるはずもない。そもそも、帰る場所なんてなかった。
だから精一杯の作り笑顔で笑って見せた。
「お役に立てて、うれしいです」
一瞬だけ静まった事に満足して与えられた運命を静かに受け入れる事に決めた。
◇ ◇ ◇
輿ごと下ろされて顔を上げれば拝むような声が聞こえる。
「しっかりと神さんに仕えてこいよ」と言い置いた言葉を最後に彼らは静かに遠ざかっていく。
大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐く。もう一度、ゆっくりと呼吸をする。
もう、顔色を窺うことはないのだと思うと、なんとなく楽になったような気がした。
せっかくなら、冒険をしてみようと輿から足を出せば存外歩きにくい訳でもなく容易に歩くことが出来た。躓かないよう小幅で動けば差し支えなく散歩になる。
鼻が水の匂いを察知したので、せっかくならと足を向けた。
緑の匂いも土の音もこれが最期だと思えばいとおしく思える。
背の高い草を越えると、拓けた所に出た。
風が頬に当たり日差しが高いことがわかる。
パシャン、と水の音がしたので首を向けて見れば、何故かはわからないが人型の生き物が沐浴をしていることを理解した。
小さく首をかしげて得意の作り物めいた笑顔を向ける。
「すみませんお邪魔してしまって。大丈夫です、目は見えていないので見ていません」
冗談のつもりで笑ったのだが、相手は無反応のようだった。
思った以上に歩いていたのか足が疲れていることを思い出して、靴を脱いで湖らしき場所の縁を探す。
「少しつかれたのでご一緒させてくださいね」
縁に座って足を水の中に入れる。服は濡らさないつもりだったが、やはり見えていない状態では無理があったようで下肢まで冷たさが伝わってきた。
それでもひんやりとした水が体を癒していくのを感じて自嘲気味に口角が上がる。諦めたはずなのに死にたくはないと体は思っているようで。
足を動かして水を掻くと水圧が心地よかった。
息をついて空を仰げば、申し分ないくらいに暖かさを寄越した。
そこで、ふと先ほどの人影がこちらを見ているような気がした。
根拠はないが、なんとなくそう思って、口を開いてみた。
「わたし、かみさまの生け贄にされちゃったみたいなんです。体よく島を追い出されたといった方が正しいかもしれませんが」
クスクスと笑えば本当にどうしようもないことだと思えてしまう。
「おかしいですよね、かみさまがいるかもわかっていないのに」
いたとしても、きっと万能ではないですね。みんな大変です。
ひとりごとを溢して息を吐いた。最期くらい、気兼ねなくいたい。それだけ。
このまま目を閉じたら寝れそうだと体を傾け始めた所で落とすような声が聞こえた。
「お前は、死ぬことをおそれるか」
人影が自分に向けて話しているのだとわかって心なしか嬉しさを感じた。誰かと会話をするのは久しぶりだ。
「怖くは、ないです。でもなにも残せず忘れられるだけなのはいやです」
考え自体をおかしいといわれてきたから認めて欲しい訳ではない。ただ思った通りのことを言うだけ。
「そうか」と小さく聞こえて会話が終わりそうになった。惜しくなって少し強引に言葉を繋ぐ。
「わたしはイシスと言います。お名前聞いても良いでしょうか」
人影は躊躇していたが諦めたのか短く名を告げる。
何故かすんなりと響いたその名前を反芻する。
「ムユ...」
あまり聞いたことのない響き。狭い島の中でこの声と名前ははじめて聞いた。心なしか空気が軽く感じるのは否定されない場所だからだろうか。
そこでふと、冗談めいた発想が思い浮かんだ。
「もしかしてムユは、かみさま…ですか?」
自分でも何を言っているのだろうと思った。
神様なんて人間が描いただけの都合いい偶像なのに。
なのに。少しだけ瞠目をされたような気がした。
短い間の後に諦めたような声音で告げられた言葉は、もしかしたら自分が思い描いただけの夢だったかもしれない。
盲目の神官と神族と呼ばれる存在が出会った時のお話。
元々弱かった視力は、10の年を越えた辺りから完全に機能を果たさなくなった。なんとなくそうなることはわかっていたから読める限りのお伽噺を読み耽ったが、見えなくなった事実に変わりはない。
大人達はいつも邪魔者扱い...というか、何故こんな半端者が生まれたのだろうと視界に入れてもいなかった。ただでさえ小さな島で自給自足を必要としているのに女であることに対する落胆と弱視である追い討ち。
自分でもなんて仕打ちだろうと かみさま という存在を恨んでみたりもした。しかし嘆いたところでなにも変わらないことはわかっていたから開き直って無感情に笑うようになる。
目が見えないとバレてしまったら本当に使い物にならない。追い出され兼ねない。そうしたらもう僅かばかりの生にしがみつくことすらままならないので島の人達に気付かれないよう、常に気を張っていた。
でもやはり欺き続けることは出来なくて。
「神殿の守り石を改修工事したらしいぜ、見ろよきれいだな」
思わず「ええ」と頷いてしまってから周りの大人達はそれ見たことかと鼻高々に言い放つ。
「日照が続いて神殿なんかに掛けてる余裕はないんだよ」
無駄飯食い、いらないと口々に罵られ世界が歪んで回っているような感覚に足が縺れる。
地面に尻餅をついたのは誰かが突き飛ばしたのだと後から理解した。
殺すのは掟に反するから生かしているだけだ、有り難く思え。
そう言い捨てられた中、誰かが思い付いたように声をあげる。
「日照もこいつのせいなんじゃ...」
そこからは波紋のように「そうだ」「そうに違いない」「災いだ」と声が連鎖していった。
ワヤワヤと論議する彼らを遠くから見ているような不思議な距離に自分がいるのを自覚した。
お伽噺のように誰かが助けてなんてくれない。
きっと島流しか、いない設定にされて飢えに苦しむかのどちらかだと思う。ぼんやりと考えながら彼らの収束を待った。
そうして着いた結論は生け贄として神殿裏に奉納する、とのことらしい。
人が踏み込まぬ場所まで連れていき放置する。
足場も悪い、獣もいる。そんな中の盲目で帰れるはずもない。そもそも、帰る場所なんてなかった。
だから精一杯の作り笑顔で笑って見せた。
「お役に立てて、うれしいです」
一瞬だけ静まった事に満足して与えられた運命を静かに受け入れる事に決めた。
◇ ◇ ◇
輿ごと下ろされて顔を上げれば拝むような声が聞こえる。
「しっかりと神さんに仕えてこいよ」と言い置いた言葉を最後に彼らは静かに遠ざかっていく。
大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐く。もう一度、ゆっくりと呼吸をする。
もう、顔色を窺うことはないのだと思うと、なんとなく楽になったような気がした。
せっかくなら、冒険をしてみようと輿から足を出せば存外歩きにくい訳でもなく容易に歩くことが出来た。躓かないよう小幅で動けば差し支えなく散歩になる。
鼻が水の匂いを察知したので、せっかくならと足を向けた。
緑の匂いも土の音もこれが最期だと思えばいとおしく思える。
背の高い草を越えると、拓けた所に出た。
風が頬に当たり日差しが高いことがわかる。
パシャン、と水の音がしたので首を向けて見れば、何故かはわからないが人型の生き物が沐浴をしていることを理解した。
小さく首をかしげて得意の作り物めいた笑顔を向ける。
「すみませんお邪魔してしまって。大丈夫です、目は見えていないので見ていません」
冗談のつもりで笑ったのだが、相手は無反応のようだった。
思った以上に歩いていたのか足が疲れていることを思い出して、靴を脱いで湖らしき場所の縁を探す。
「少しつかれたのでご一緒させてくださいね」
縁に座って足を水の中に入れる。服は濡らさないつもりだったが、やはり見えていない状態では無理があったようで下肢まで冷たさが伝わってきた。
それでもひんやりとした水が体を癒していくのを感じて自嘲気味に口角が上がる。諦めたはずなのに死にたくはないと体は思っているようで。
足を動かして水を掻くと水圧が心地よかった。
息をついて空を仰げば、申し分ないくらいに暖かさを寄越した。
そこで、ふと先ほどの人影がこちらを見ているような気がした。
根拠はないが、なんとなくそう思って、口を開いてみた。
「わたし、かみさまの生け贄にされちゃったみたいなんです。体よく島を追い出されたといった方が正しいかもしれませんが」
クスクスと笑えば本当にどうしようもないことだと思えてしまう。
「おかしいですよね、かみさまがいるかもわかっていないのに」
いたとしても、きっと万能ではないですね。みんな大変です。
ひとりごとを溢して息を吐いた。最期くらい、気兼ねなくいたい。それだけ。
このまま目を閉じたら寝れそうだと体を傾け始めた所で落とすような声が聞こえた。
「お前は、死ぬことをおそれるか」
人影が自分に向けて話しているのだとわかって心なしか嬉しさを感じた。誰かと会話をするのは久しぶりだ。
「怖くは、ないです。でもなにも残せず忘れられるだけなのはいやです」
考え自体をおかしいといわれてきたから認めて欲しい訳ではない。ただ思った通りのことを言うだけ。
「そうか」と小さく聞こえて会話が終わりそうになった。惜しくなって少し強引に言葉を繋ぐ。
「わたしはイシスと言います。お名前聞いても良いでしょうか」
人影は躊躇していたが諦めたのか短く名を告げる。
何故かすんなりと響いたその名前を反芻する。
「ムユ...」
あまり聞いたことのない響き。狭い島の中でこの声と名前ははじめて聞いた。心なしか空気が軽く感じるのは否定されない場所だからだろうか。
そこでふと、冗談めいた発想が思い浮かんだ。
「もしかしてムユは、かみさま…ですか?」
自分でも何を言っているのだろうと思った。
神様なんて人間が描いただけの都合いい偶像なのに。
なのに。少しだけ瞠目をされたような気がした。
短い間の後に諦めたような声音で告げられた言葉は、もしかしたら自分が思い描いただけの夢だったかもしれない。
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