「ーーっ……!」

その痛みは唐突にやってきた。
いたみ、と形容するのは生ぬるいほどの激痛。
あえて例えるとするなら、激しく殴られ続けているような。全身を鋭い針で絶えず刺され続けているような。
息の吸い方を忘れるくらいに呼吸が浅くなる。特に胸の上から喉元にかけて焼けるように熱い。

魔法の素質がなくとも鎖骨上に広がる紋章自体が強い熱を持っていることだけはわかった。
酸素が足りないせいか膝に力が入らずその場に崩れ落ちる。指先が大きく震えている。

「なる、ほど……っ発条反応(はつじょうはんのう)って、こういう…っ」

巨大な力を持つ者と契約をした時に対象者と素質の開きが大きいと契約の紋章が暴れるということを知識では知っていた。
そう、知識では。感覚というものは文献には残らないので。
実際には身に受けたことがなかったので正直油断していた。
断言できる。この痛みは予想のふた回り以上も遥かに激しい。

契約の相手が明らかに高位だということは薄々気がついてはいた。
特に自分には魔法の素質なしと幼少期から言われていたのでリスクが大きいのもわかっていることではあった。
だとしてもこれは規格外なのではないか。

「ーーっ……ふ、ぅ」

身を硬くして呼吸を取り戻す事に尽力した。
息を止めていれば血流が弱まるので痛みを一瞬緩和できるが、呼吸をしないと生きてけない生き物は反動的に大きく酸素を吸い込んでしまうので結局血流を強めてしまう。その際に痛みが増え易いので痛みを去なすには止めるよりも細く分散して吐き出すことを意識した方が体に備わる慣れの機能をうまく呼び出せる。
なるべく体は動かさずに、痛みがそこにあるという意識を強く持った方がいいということも。
奴隷の言葉をまとめた文献の知識がこんなところで役に立つとは思わなかった。

自分を抱きしめるように震える喉で息を吐きながら。
痛みに体を徐々に慣らしていく。何度かゆっくり吐き出したところでやっと体が呼吸の仕方を思い出してきた。

「おい」

「あ、ヴァルおはよ…っ。もし、かして、起こした?」

「睡眠は必要としない」

「そう、だった。すぐ、慣れる…っからちょっと待ってて」

声を出したことで集中が逸れて鎖骨周りの熱を再認識する。
耐えろ。これは痛みではない、と半ば強制的な暗示を自分に落とし込みながら息を吐き続けた。
淑女としては有り得ない程に汗をかいているのだが、おそらくヴァルは気にしないだろうと集中する。

暫くそうしていたら荒れに荒れた呼吸も落ち着いたきた。
頃合いを見計らったようにヴァルが口を開く。

「そこまでして契約をする必要があるのか?」

「それでも私には必要なの」

「俺との契約がお前を殺すかもしれなくてもか?」

「答えを変える気はないよ」

はあ、と大きなため息を吐かれた。
確かに身に余る力を使おうとして破滅した歴史上の人物は数え切れないほどいる。
それでも自分の作りたいものの為には彼の庇護が必要だという事実は変えようも無い。

「問答は無用か。じゃあお前は何を成したいんだ」

普通なら逃げ出すだろう、と。
その身に痛みを受けてもなお、成し得たいものは何かと問われた。
いずれ聞かれるだろうと用意してた答えを。
筋肉の反射反応でいまだに震えている指先を悟られるように努めて笑って見せた。

「優しい人が損をしない世界を作りたい。
私の手の届く場所だけは守れるだけのものを作りたいの」

具体的にはまた今度話すよ、と言おうとしたところで気が抜けたのか体が傾いた。
おそらく、受身は取れない。思わず目を瞑ったが予想した硬い衝撃の代わりに肩に添えられた手のひらを感じて目を開ければ片膝をついて倒れこむのを抑えてくれたヴァルが映る。

「お前は本当にーー」

その後なんて言ったかはわからないまま意識が落ちていく感覚に飲まれていった。



※ちなみに発条反応という言葉はありません。
副作用みたいな言葉でいいものがなかったので造語です。
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