遠くにあるはずの喧騒、一目見て賑わっているのは明白なのにそこに認識できる音はなかった。
世界の明度が低いのはここが建物に囲まれた日陰の中だからなのか、そこに住んでる人達が発するなにかが暗いのかはわからない。

ただ一つわかることは、ここでは感情を持って生きてはいけないということ。
希望なんて、所詮裕福な人たちの道楽みたいなもんだから。
ただ無難に今日を生き過ごして、明日も同じように体よく愚痴をこぼしながらも変わることのない毎日をきっと望んでる。

もし希望を持った人が暗い場所から飛び立てたら、諦めてしまった彼らの立つ瀬がなくなる。都合が悪いものは足を引っ張って自分より低い所にいてくれないと自我を保てない者たちの集まりで、ここに生まれ落ちた以上は逃れようのない物なんだって「皆が言っていた」

そんな世界の理(ことわり)をつまらないと思っていた。
そう思う事自体が間違いなんだと思うようにしていた。
きっと自分もそうやって、ただ腐っていくことを知りながら受け入れるしかないんだと。

◇ ◇ ◇

「……ねえってばカプラ!」

大きめに呼ばれた声で自分が微睡んでいたことを知る。
久しぶりに昔の夢を見ていたらしい。
内容までは覚えていないけど、そういう煮え切らない考え方だった感覚が残っている。
ゆっくり息を吸って瞬きをすれば自分を呼んだ小さな紳士の姿を認識する。

「ごめん、寝てたみたい」
「みたいじゃなくて完全に寝てたよ!」

何度も呼んだのにさ、もー!と頬を膨らませる仕草が年相応のそれで。あどけなさの残る顔立ちによく合う。
つい かわいいと言ってしまいそうになるが本人がそれを良しとしないようなので聞こえるところではあまり言わないようにしている。

「次の興楽についての会議だよね。
規模が大きいから配置に難航してる?
呼びに来てくれてありがと」
「……僕、一言も喋ってないのになんでわかるわけ?」
「座長だからね」

寝起きと言っても頭はすぐに回るし、彼が来た理由を一座の状況と自分の立場、その態度から割り出したと説明するのに骨が折れそうだったので汎用性の高い便利な言葉で塞ぎ、腰布に散りばめられた薄金の装飾を奏でながら立ち上がった。

夢の余韻で「こんなに希望を唱えるようになるなんて、思いもしなかったな」そんな事を思いながら賑やかな一座の眩しさに目を細めて笑った。
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