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彼らは、目的地を決めない旅をしていた。

地図は持っているが、広げない。
分かれ道に来れば、壮年の男が適当に指を差す。

「右だ」
「理由は?」
「風がいい」

青年はそれ以上問わなかった。
理由のない選択に、慣れていた。

昼は歩き、夜は野営。
男は火を起こすのが上手で、青年はそれを眺めるのが好きだった。

「見てて楽しいか」
「ええ。あなたは、生きる作業が自然です」

男は鼻で笑った。

「生きる作業ってのはな、だいたいダサいもんだ」
「でも、無様ではありません」
「そうか?」

焚き火がはぜる音の合間に、沈黙が落ちる。
青年は、ふと口を開いた。

「……旅の終わりは、どうするつもりですか」
「終わり?」
「はい。どこかで別れるのでしょう」

男は少し考え、薪を一本くべた。

「別れたくなったら、別れる」
「それまでは」
「一緒だ」

それだけだった。
約束でも、慰めでもない。
青年はそれを、胸の奥に静かにしまった。



数日後、山越えの途中で雨に降られた。
ぬかるんだ斜面で、青年が足を滑らせる。

男は反射的に手を伸ばし、青年の腕を掴んだ。

「……放せば、楽だったでしょう」

青年は、崖の下を見下ろしながら言った。
声に震えはない。

「楽ってのはな」
男は歯を食いしばりながら、青年を引き寄せる。
「生き残った後に考えるもんだ」

二人は転がるようにして斜面を上り切った。
息を切らす男の横で、青年は静かに雨を浴びている。

「……あなたは、怖くなかったんですか」
「怖かったさ」
「それでも、手を離さなかった」
「癖だ」

男は青年を一瞥する。

「昔、離したことがある」
「……」
「だから今度は、離さない」

青年は何も言わなかった。
ただ、雨の中で目を閉じた。



夜、廃小屋で雨宿りをしながら、酒を分け合う。

「あなたは、後悔しているんですか」
「してる」
「今も?」
「今もだ」

男は杯を傾ける。

「だからって、やり直せると思ってない」
「……それでも、生きている」
「生きちまってる」

青年は、しばらく黙ってから言った。

「不思議ですね」
「何がだ」
「あなたの“生きちまってる”は、苦しそうなのに」
「おう」
「……嫌いじゃない」

男は吹き出した。

「変な奴だな」
「よく言われます」

その夜、青年は眠った。
深く、久しぶりに。
夢を見ない眠りだった。



旅は続く。
青年はまだ死にたがりで、
男は相変わらず飄々としている。

けれど二人は、同じ歩幅で歩いている。

青年はまだ「生きたい」とは言わない。
男も「生きろ」とは言わない。

ただ――
明日も歩くことだけは、当然のように決まっている。