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「…あなたも人魚の種族なのかしら?」

陸上で生活する人魚は数が少ないので同じ種族であるならば興味も増す。
それにしてはどこか同族ではない違和感がある。
ニヒルな笑い方のせいなのかこの男からは人魚族特有の陽気さを感じられない。
強いて言うならもっと残虐な種族のような。

「半分は正解になるな。正確には魚人ってやつだ」

「ぎょじん…?」

「なんだ、知らねえのか。人魚よりも魚の性質が強い種族の事を指すんだが」

そう言って笑った口からは三角錐型の鋭い歯が綺麗に並んでいる。
吸い込まれるように見ていたら多少ばかり強引に腰を引かれて体同士が密着する形になった。
さすがに逃げようと身をよじったが長身も相まった見た目通りの力強さでそれは叶わない。
逃げられないとわかって抵抗をやめれば、それ以上強引にする気はないらしくニヤリと片眉を上げて言葉を続けた。

「退屈してんだ。俺と遊ぼうぜ」

「わたし、綺麗なものが好きなの。時間をかけて誠意を見せてくれたら考えるわ」

「なるほど?」

面白い女だな、と拘束の力が緩んだその隙にヒラリと腕の中から逃れるとピッと手のひらサイズの厚紙を投げ渡された。

「ディニ 商会のヴォルヴァス・ヴァイスだ。気が変わったらここに来な」

渡されたその紙は上質な光沢があり、商会の連絡先や住所が記されていた。
所謂名刺というやつだろう。

「次はどうやって口説いてくれるか楽しみにしているわ」

「俺も楽しみにしてるぜ。いい歌だった」

またな、と大きな手をヒラヒラと振りながらその男は酒席へと戻っていく。
強引ではあったが嫌だと言えない程度の絶妙な駆け引きで少し楽しいとさえ思ってしまった。
酔ったお客の戯言ではあるだろうが中身のある有意義なやりとりをしたように感じる。
態度自体は決して褒められたものではないだろうに、何故か波長が合うような安心感を覚えた。引き際も良かったのは好感が持てる。

「また、があったら期待するかもしれないわミスター」

遠ざかった背中にウインクを送り、毛足の長い絨毯の敷かれた控え室への廊下を後の歌姫と呼ばれる彼女は足取り軽く帰っていった。
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