6

淡い乳白を基とした色とりどりの水晶が広がる洞窟。
閉塞感を感じない程度には高さがあり、所々に大きな鉱石が顔を出す。
基材が同じなのか半透明の床は硬さのある光沢を放っていた。
時折入る光りを受けては乱反射が輝く幻想的な空間。
遠くで滴る水音が小さく響いた。

(ここはどこだろう……?)

妙な浮遊感を持つ自分を自覚したが、なぜだかそれが当たり前のような気がする。
なんとなく周りを見渡してみれば二人分の影を見つけた。
近づいてみると会話が聞こえてくる。

「本当に、それでいいのか。そんなことをしたらお前は……」

静かな戸惑いと申し訳ないのだという気持ちが言葉の端々に感じられる。
青年の纏う雰囲気はとても辛そうな色を宿していた。

「それでいいのです。私の望みはーーーーだから」

もう片方の相手は影になっていてよく見えなかった。
静かな声のせいか言葉もうまく聞こえない。
詳しく聞き取るために近づこうとする。しかしなぜだかそれ以上進めない。
景色の輪郭が薄くなっていき、足元から何かが崩れていくような感覚。
待って、と手を伸ばそうとしたところで青年と目が合ったような気がした。
風に揺れる肩口の金髪、世界を映したような空色の瞳。ふわりと、笑った顔。

(ああ、いつもの夢だ……)

自覚した時点で世界は色を失くしていく。
先ほどの幻想的な景色は跡形もなく消えていった。
暗いだけの世界に唯一自分は存在しているような意識を残して。

たまに見る金髪の青年が出てくる夢。
会ったこともない人なのに彼だけは鮮明に投影されるこの夢は一体なんだろう。
徐々に沈んでいく感覚の中で疑問を口にすることは出来ず浮遊感にも似た微睡みを抜ける。


ひやりと、手に触れた冷たさにゆっくりと目を開ければ大きめの石を隙間なく埋めた天井が見える。
見知った景色ではないことが不安を煽った。
寒々しさすら感じる空間を否定するように自分を抱きしめる。
体の芯から熱を奪われているような感覚に底冷えしていくのを自覚した。

「シエロ」
聞き慣れた声が聞こえた。
首を動かすといつもの黒服に身を包んだクロエが片膝を立てて壁に背中を預けながら座っている 。
クロエの姿を見つけて、少なからず安心した。
のそりと起き上がると掛けられていたであろう薄手の布が落ちる。
簡易のベッドに横たわっていたらしく手に触れた冷たさは鉄パイプで組まれた縁(へり)の部分だと思われた。
クロエを連れて島を出て大きな何かに襲われている人がいたから助けに入って。

……その後の記憶がない。

「おはようクロエ。……えーっと、今どんな状況?」
とりあえずなぜ自分が寝ていたのかも思い出せないので現状の確認が必要だと思う。
クロエが背中を預けている反対側は金属の格子がかかっていてまるで牢屋にでも入ってるみたいだった。
自分たちは何かやらかしたしただろうか。

「森での出来事は覚えているか?」

なんとなくは、と伝えるといつものクロエらしい静かな口調で説明をしてくれた。
大きなモヤのような動く物体は《魔物(まもの)》と呼ばれていて、黄都では頻繁に目撃されている。
魔物討伐は許可を得た者しか許されていない。
魔物に襲われそうになった時、もう一人の仲間がシエロを気絶させて安全な場所に動かしてシエロは助かった。
自分達が助けようとした青年は討伐部隊の一人だった。
シエロを奪い返して国相手に争うのは得策ではないので仕方なしに捕縛されて今に至る。
捕まってから半日程度立っていて現在は夕方に近い時間であるということ。
わかりやすく掻い摘んで話してくれた結びの言葉は「姫巫女であるシエロをこんな環境に置いてしまってすまない」だった。
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