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物心付いたときには
エアリア一の帝国施設で教養や戦い方を学んでいた。
ある時剣を携えた男が父だと自分を引き取った。
なんとなく感じた事は、教養とは程遠い場所にいたのだということと、不器用な性格なのだろうということ。
出生にさして興味はなかったので母の事は聞かなかった。男もそれを是としていたように思う。
剣に血の臭いが染み付いている事は、何故か妙に納得した。
身のこなしと観察眼は、戦うために鍛えたであろうことが窺えたから。

そんな父からは実践的な武器の扱い方から生きていく為に必要な技能を叩き込まれた。
それで構わなかったし、ついていかなければ流石にの垂れ死ぬことは幼心ながら容易に想像がつていた。

暑い日差しに焼かれながら小舟で海を渡っていたとき、なんの不運か突然の嵐に見舞われた。
気付いたら大破した舟と共に近くの島に流れ着いていて、そこで拾われた恩から、島の姫巫女を護る為の護衛として身を置いているのが現状。

探しにこないという事はそれだけの価値が自分になかったか、あの人が運悪く海の藻屑となったか、のどちらかだろう。
後者はほとんど考えつかないが、そうなってしまったのなら仕方ない。

護衛の任は教えこまれた技術を存分に活かせる事もあり、それなりに居心地が良かった。
島の住人も「幼いのに大変だったろう」と快く受け入れてくれているのが有り難い。
なにより、いつも危なっかしい彼女の側を離れたくない。
それがここにいる一番の理由だった。

もうすぐ頭上に登る太陽を浴びながら空気を大きく吸い込み、青く広がる空を見上げる。
高く澄んだその色は彼女の瞳によく似ていた。

特に話してはいないが、学がある事は何となく察してくれているようなので姫巫女の事は任せた、と割と自由にさせてもらっている。

今は教育係の司祭と座学をしている頃だ。
合間に体が鈍らぬよう鍛錬を続けているのは責任感に似た何かなのかもしれない。終わるまでにもう少しかかるだろうと肘から掌までの長さに刃物が付いた鉤爪のような武器を拾い上げて構え直す。

セイブ・リヒトという名のこいつは、破魔の金属で錬られ邪悪なものを滅する力を宿す逸品らしい。
破魔の力が必要になる場面には出会ったことがないが、使い勝手はいいので愛用している。
何となく刃先を観察したら若干の傷みが伺えたので今日の鍛錬はここまでにして武器の手入れをしようと片付けをはじめた。
刃先の保護のため軽く布に包んでいるところで神殿の方向から慌てたように張り上げたこえが聞こえる。

「クロエ様ー!シエロ様が、シエロ様がー!!」

目視で確認するまでもなくそれが彼女の教育を担当している司祭である事は声を聞いただけで分かる。
しかし、その初老の彼は今現在姫巫女教育の真っ只中ではないのか。
司祭の慌て方を見て異常事態である事を察する。
息の整わない彼に駆け寄り手短に用件を済ませと告げれば切れ切れな呼吸で彼女がいなくなったのだと伝えられた。

「シエロ様が…いなくなってしまいました…!」

誰かが侵入すれば島を守る結界に掛かるはずなので外部のものではない筈だと自分に言い聞かせる。
全身の血の気が下がっていくことを自覚しながらも、思考を冷静に稼働させる為 平静を装う。

「とりあえず、居住区の方には行っていないんだな?」

シエロの着替えのため部屋を移動し司祭は外で待っていた。
特にやることもなかった彼はさほど時間も掛からないだろうとドアを背に居住区をぼんやりと見ていたらしい。
あまりに時間がかかっているようなので声を掛けたら返事がなく、確認をした後中を見ればもぬけの殻になっていたという。

「わわわ、わたしの不手際で申し訳ありません!」
不安を顔全体に広げ絶望したような瞳はせわしなく瞬きを繰り返していた。神の宿る島と謳われている所以はそれを祀る姫巫女あってのもの。現状子供の少ないこの島では彼女が唯一その役目を担っている。
元来司祭は気の小さい男であることを知っているので安心させるよう肩に手を置く。

「侵入者の気配は感じなかった。きっといつもの気まぐれだろう」

島民が混乱するといけないので言いふらさず、島の責任者のみに伝えるよう指示を出せば泣き出しそうな顔で何度も大きく頷かれた。
頼んだぞと頷き返して万一の為 武器をまとめて踵を返す。

「俺はシエロの行きそうなところを探す」

走り出した頬に汗が伝ったのは自分でも自覚をしていた。
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